シュプリンガー・イーブックス 著者の声:北垣 浩志 先生

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佐賀大学大学院 先進健康科学研究科 健康機能分子科学コース 教授 北垣 浩志 先生にお話を伺いました。

Q. 書籍を出版するということは、研究者としてのキャリアにどのような影響を与えるとお考えですか?

全般に言えることですが、特にドクターを取得するまでの期間、あるいはearly careerと言われるポスドクの時期、学問というのは一つの山をまず登るところが一番大事になるのではないかと思います。
しかし、中堅になってから後のキャリアにおいては、学生を指導するようになり、むしろどの山を登るかといった全体的な状況を判断する資質が研究者には必要になってきます。つまり連峰の遠景を見るようなことが必要になってくるわけですが、全体像を得ることで、競争の軸や今足りない分野はどこなのかが分かってくるようになると思います。そういったことがポストやグラント(外部資金)の獲得にもつながってくるので、研究をまとめて英文書籍を出版することは自分にとっても非常に良い機会だと思ってお受けしています。

Q. 先生はご自身のキャリアをどのように発展させてこられたか、簡単にご紹介ください。

東京大学大学院では鈴木紘一先生の指導の下、カルパインの研究をしていました。その後国税庁醸造研究所に研究員として就職し、ここで下飯仁先生のご指導を頂いて、酵母細胞壁タンパク質の同定を行いました。酵母の表面の細胞壁が培養条件によって変わっていくことを明らかにして、論文を出版しました。その後、独立行政法人 酒類総合研究所で酵母細胞壁生合成経路の解析を行いました。dcw1のts(temperature-sensitive)株を構築して、dcw1が細胞壁の成長に必須であることを明らかにし、論文を出版し博士号もこの時期に取得しています。その後、アメリカのサウスカロライナ医科大学に留学し、ユスフ・ハヌン教授の下、スフィンゴ脂質生合成機構の解析を行いました。それから、今所属している佐賀大学に移籍し研究を展開しています。
身近な例を挙げますと、近年、スリランカのドクターの留学生が私の研究室へ入り、スリランカということもあってバイオエタノールの研究を始めました。バイオエタノールというのは、リグノセルロースから特にヘミセルロースを分解して、それをエタノールにします。佐賀大学の林信行先生がこの分野のご専門で、教えていただきながら進めていたのですが、特に、グリコールアルデヒドなどは今までほとんど研究されていないのではないかと考え、これに着目して研究を開始しました。その結果、グリコールアルデヒドをADH1が還元して無毒化することを発見し、総説にも引用されるようになりました。その後、グリコールアルデヒドのもたらす毒性を、SUMOに着目して解除できることを明らかにし、Springerの書籍も引用して論文にしています。このスリランカの学生は、他大学でのポスドクを経て、現在はSouth Illinois University Carbondaleでテニュアトラックのアシスタントプロフェッサーに就任しています。彼の昇進にもかなり役立ったと聞いています。

Q. 先生は多彩な研究を行っていらっしゃるように思います。最近のご研究についても教えてください。

九州には焼酎がたくさんあります。焼酎かすの問題が長くあったのですが、調べてみるとスフィンゴ脂質はほとんど研究されていませんでした。詳細は省きますが、紆余曲折を経てスフィンゴ脂質の構造決定をし、プロバイオティクスとプレバイオティクスといったものに使えるのではないかということを考えつきました。プロバイオティクスは、腸内で微生物自体が善玉菌として生き残って体に良い働きをします。プレバイオティクスというのは、健康効果を発揮する善玉菌の増殖を促す食品素材のことです。この違いがあります。

Q. プロバイオティクスとは?

プロバイオティクスの研究はとてもさかんですので、一部抜粋してご紹介します。例えばアトピー性皮膚炎などにプロバイオティクスが効くということがメタ解析などでも明らかにされています。最近のトピックとしては、腸内細菌が大腸がんの原因にもなっていることが分かってきました。例えば、フソバクテリウムがどうも大腸がんの原因になっているだろうということが言われ始めています。あと、潰瘍性大腸炎などにも関与しています。さらには、クローン病などにもフソバクテリウム・ヌクレアタムなどが関与していたり、逆にフィーカリバクテリウムなどが潰瘍性大腸炎では下がっていたりといったことが分かりつつあります。

Q.プレバイオティクスとは?

プロバイオティクスは研究者や論文の数も非常に多いのですが、プレバイオティクスの方はそれほどではありません。母乳、オリゴ糖はビフィドバクテリウムを増やす、食物繊維はプレボテラを増やす、食用油がアッカーマンシアを増やす、ケトン食がアッカーマンシアやパラバクテロイデスを増やすといったことは明らかにされています。しかしながら、日本の発酵食品の素材がプレバイオティクスとしてどのように機能しているかといった研究は、これまでほとんどありませんでした。
そこで、同じ佐賀大学におられた柳田晃良先生や永尾晃治先生に教えていただきながら、麹菌スフィンゴ脂質の栄養学的研究を始めました。現在、麹菌スフィンゴ脂質がプレバイオティクスとして機能するのではないかということで研究を進めています。その一つが麹グルコシルセラミドです。二次胆汁酸は腸内細菌を殺すということは北海道大学の横田篤先生らが明らかにされていますが、九州大学の中山二郎先生に教えていただきながら、それに対して防御的に働く、つまり麹グルコシルセラミドは腸内細菌を、特に二次胆汁酸から保護するということを現在明らかにして、日本の伝統発酵食品のプレバイオティクスとしての効果を明らかにしつつあります。健康や日本の発酵食品に関する研究ですので、最近ではテレビ番組などにも出演しました。

Q. Stress Biology of Yeasts and Fungi をSpringerから出版されていかがでしたか?

Isaac Newton曰く「巨人の肩の上に立つ」という言葉があります。教科書を書く、関連の知識をまとめるという経験は、「遠くを見る」、学問あるいは学術領域の将来像を策定するために絶対に必要なことではないかと考えています。Stress Biology of Yeasts and Fungiは、奈良先端科学技術大学院大学の高木博史先生と一緒に編集したのですが、事の発端は、学会でシンポジウムを行い、せっかくまとまったいい機会なので英文書籍にしないかというお誘いを受けたことです。そういう機会があれば、ぜひ活用すべきだと思います。私自身は年上の先生に誘われることが多いのですが、こういった教科書を書くように言われたら、自分の勉強のためだと思ってできるだけお受けするようにしてきました。教科書としてまとめることは、自分にとっても勉強になるのではないかとも思います。
内容について簡単にお話ししますと、バイオエタノールからパン、清酒酵母、カビ、麹菌もそうだし、麹菌以外にも一般的な糸状菌のストレス耐性といったことを取り上げており、多岐に渡る豊富なトピックを含んでいます。
書籍の出版といえば、普通は、自分で色々やることが結構多いのですが、Springerのサポートがあったので、途中のやりとりなどはかなりスムーズでした。原稿を集めること、当然制作などは全部やってもらえますし、アブストラクトをどのようにしたらいいかといった相談も全てサポートが得られました。結果として、それほど手間は取られなかったと考えています。英語でのやりとりも非常にスムーズにできたと感じています。

Q. 英文書籍を出版することのメリットをどのようにお考えですか?

英文書籍を出すメリットをまとめると、グラント、ポストを巡る競争に有利だとも言われますし、やはり英語は世界中で読まれますので、国際的プレゼンスも高くなります。発酵という学問の中で何が分かっていて、何が分かっていないのかといった俯瞰的な視野を得て、新しい分野をつくるといった点からも、やはり、こうした書籍をまとめることが非常に役立ったと考えています。
また、Springerで英文の本を出したことは、海外からの留学生の申し込みの増加にも一役買っていると思っています。 
さらに、これは書籍を出版するモチベーションの一つですが、日本の発酵学というのは、やはり日本オリジナルなところがあります。他の国にはないような、日本で1000年以上続いてきた発酵の技術や文化は世界から見ても非常に貴重なものです。日本オリジナルの発酵学を世界に紹介することで、日本が世界中からリスペクトを得られることにもなりますし、新しい世界で新しい研究を発展させる契機にもなると思い、Stress Biology of Yeasts and Fungiを出版した次第です。電子書籍では、いくつ引用されたかとか、ダウンロードといったメトリクスも分かりますので、非常に使いやすいものだと感じています。


さらに詳しく:

*本稿は2019年12月5日の第42回日本分子生物学会年会バイオテクノロジーセミナー、シュプリンガーネイチャー ランチョンセミナーにおける発表「科学者のアウトリーチ活動 英文書籍のエディターにチャレンジしよう!」をもとに再編集、北垣先生へ再インタビューを行ったものであり、所属等はインタビュー当時の情報です。


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