学術分野の境界を越えた社会的寄与:変革をもたらす知識の創出

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2021年3月24日、京都大学はシュプリンガー・ネイチャーとの共催により、オンライン座談会「学問の挑戦と機会:若手研究者とSDGsを越えた先の未来を見据えて」を開催しました。本座談会では、シュプリンガー・ネイチャーの編集長であるサー・フィリップ・キャンベルと京都大学の4名の若手研究者が持続可能な開発目標(SDGs)の実現と実践に向けてどのように進んでいけばよいのかについて時宜を得た議論を行いました。

当日にモデレーターを務めた京都大学東南アジア地域研究研究所(CSEAS)のマリオ・ロペズ氏より、本座談会について総括いただきました。

現在、地球社会は人類の存亡を脅かす複雑な課題に直面しています。そうした課題は、環境悪化、資源の不足、気候変動、脱炭素化、新型コロナウイルス感染症拡大など、多岐にわたっています。こうした課題およびその他の問題に対して社会情勢は変化を迫られており、今や、科学的な裏付けのある解決策と実行可能な対応を迅速に適用することが必要となっています。従来、大学と学術出版社は、課題への取り組みに向けた多くの分野にわたる専門的な知識の生産を先導してきました。しかし今や、専門分野が細分化された従来の知識生産のサイクルの枠を越えていくことが、差し迫って必要となっています。

京都大学とシュプリンガー・ネイチャーの共催で行われた本オンライン座談会では、まず、シュプリンガー・ネイチャーのフィリップ・キャンベル編集長が、SDGsの達成に関わる研究の重要性について、また、明確かつ重要な社会的インパクトを持つ成果をどのように伝えていくかについて論じました。そして、座談会においては複数の重要なポイントが取り上げられました。特に重要な点として、科学系の学術出版社が、社会的課題に対応するSDGsの実現と実践に注力している政策立案者やステークホルダーとつながりを持って情報提供を行うにはどうすればよいか、また、社会的な課題の要請に応えて、研究の成果を公開していくには、どのように進めていけばよいかが話し合われました。今回の議論では、社会的課題の大半が単独の学問分野では解決できないものであることから、学際的なアプローチによる取り組みが必要であるという点が強調されました。

こうした点は、多様な研究バックグラウンドを持つ4名の若手研究者(京都大学:ジュリー・デロス・レイエス、ハート・フォイヤー、小川敬也、遠藤寿)が共通して考えている内容でもありました。フィリップ・キャンベル編集長とのディスカッションを補足する形で、彼ら若手研究者から、それぞれの研究、その重要性、ステークホルダーへのインパクト、その研究が社会にどのように関連するのかという点について発表が行われました。研究内容は、東南アジアにおけるエネルギー転換および経済が持つ変容を促す役割、食料システムの課題と伝統的な知識体系の役割、水・エネルギー・農業(water, energy and agriculture, WEA)と再生可能エネルギーに向けた統合計画、植物プランクトンとウイルス、そしてそれらの生物地球化学的循環における役割という、多岐にわたるものでした。さまざまな分野の枠組みにわたる形で行われた今回のディスカッションから明確になったことの1つとして、複数分野における対話の精神がありました。京都大学は、大学における学部を越えた研究者間の協働を積極的に推進しており、そうした取り組みが新たな研究分野の形成へとつながり、それが、社会的課題に対応する、相乗作用性を持つプロジェクトの推進をもたらすケースも多くあります。

今回の各スピーカーの研究への取り組みすべてに通じるテーマとして、ステークホルダーの役割を認めることと、一般社会に対する説明責任を担うことは非常に重要であるという点がありました。今回のディスカッションからは、複数のポイントが浮かび上がりました。まず、全員に共通する明らかな懸念点だったのが、さまざまな分野の科学者や研究者の間で共通のものとなる知識や認識をどのように形成し、さらに広範な一般社会にそれを伝えていくにはどうするべきかということでした。そして次のポイントは、ステークホルダーと緊密に連携して協力していく必要があるという認識です。大学は、知識とそこから生じるかもしれないデータを生み出す場であるととらえられることが多くありますが、この分野において独占的な権利を持つ唯一の存在というわけではありません。現在では、政府や公的機関、さらにはNGOや独立した研究機関の間で相乗作用を生み出す革新的な交流が実現しており、さまざまな形の知識やデータを積極的に獲得し活用しています。

新たな道筋を切り開くために必要となるのは、協力の舞台を拡大し、そこで新しい研究の環境が育って活発な議論の場が生み出されるようにすることです。しかしながら、さまざまな分野の研究者を集めて研究活動の共有を図ることは困難な課題です。特に、私たち研究者は、特定の学術分野の専門家に対するコミュニケーションを行う経験や学習を重ねてきているため、なおさらこうした共有は難しいのです。自然科学と社会科学が出会うオープンな対話の場を設けることは、研究の動向を広く伝えるための建設的な場を提供します。これはまた、研究者たちがお互いから学ぶ機会となるとともに、それぞれの専門分野で培ってきた従来のとらえ方や認識を再考することにもつながります。研究者たちが、概念、アイディア、研究成果について、話し合い、歩み寄り、そして組み上げていけば、興味深くて思いがけない協働につながっていくでしょう。


それぞれの分野の専門家によって生み出された詳細なデータは、出版前に厳密な評価と査読の対象となります。さまざまな形態の知識が(研究室かフィールドのいずれで生まれたかを問わず)必ずしも定量化できるデータになるとは限らないという考えも根底にありました。処理すべき大量の情報を抱えた研究者の直面する課題の一つが、データを収集し、流通するための基準となる枠組みを意義のある形で構築し、それを世界中の研究者が利用可能なものとするにはどうしたらよいのか、という点です。

SDGsに関して今取り組むべきなのは、どのような選択肢があるかをデータによって示し、アクションへとつなげていく方法を見出すことです。これを実現するためには、研究成果およびそれが一般社会にどのように貢献する可能性があるのかを伝えていく総合的な場を、研究者、その所属機関、出版社が作り上げることが必要です。このことは、ステークホルダーと協力していく際にはとくに重要です。なぜなら、情報を収集、処理、分析、理解する方法は分野によりさまざまであるため、そうしたステークホルダーの知識は、データの形で示された内容と一致しない場合もありえるからです。協働の場を構築して共通の基盤を見出すことは、さらなる建設的な議論として戻ってくることもあり、ひいては共同行動のさらなる拡大をもたらすものとなりえます。

日本では、京都大学は「自由の学風」で知られており、また、多分野にわたる学部どうしの間の協働を可能にする動的な組織構造でも有名です。その延長線として、学術機関と学術出版社との間における関係性やパートナーシップの構築は今後も継続して進展していくものと私たちは理解しています。また、急速に展開する世界的な事象に短期的にも長期的にも対応できる柔軟な枠組みが必要であるともとらえています。研究者、出版社、政策立案者、その他のステークホルダーが協力して、21世紀の課題に取り組むためには、私たち研究者もアカデミアの外に踏み出すことが必要です。それは、私たちが将来のために現在の差し迫った課題に対して超学際的なパートナーシップを通じて自由に取り組んで初めて実現するものなのです。

Mario Lopez

マリオ・ロペズ

略歴
京都大学東南アジア地域研究研究所(CSEAS)准教授。人類学を専門とし、現在は、アジア太平洋地域における、人口動態変化と労働力不足に対応したヘルスケア人材の国境を越えた流れを研究している。また、環境持続可能性と人類の幸福の共存に関する指数の開発にも取り組んでいる。現在、CSEASにて日ASEAN協働による超学際生存基盤研究事務局のメンバーを務める。
 




スピーカー (イベント時の発表順)

共催

京都大学 学術研究支援室(KURA) / シュプリンガー・ネイチャー