「理想」ではなく「選択肢」─ 転換契約導入の舞台裏とその評価
埼玉医科大学附属図書館 課長補佐 田口 宣行 様 に聞く
日本の大学図書館では、学術情報の持続可能な提供とオープンアクセス(OA)出版の推進が重要な課題となっています。近年では、購読とOA出版を組み合わせた「転換契約」が注目されており、各大学で導入の動きが広がりつつあります。
このたび、2024年1月よりシュプリンガーネイチャーとの転換契約を導入された埼玉医科大学様に、契約導入の背景や検討の経緯、運用状況とその反響について、埼玉医科大学附属図書館の田口宣行様(以下敬称略)にお話を伺いました。
Q1. なぜシュプリンガーネイチャーの転換契約を検討することになったのですか?
田口:埼玉医科大学では2021年に大手3社とのパッケージ契約を解体し、購読誌の大幅削減と経費削減を実施しました。しかし、毎年の値上げにより、再び費用が増加するのは時間の問題という状況でした。そんな中、2023年秋にシュプリンガーネイチャーから転換契約の提案を受け、導入を本格的に検討することになりました。
Q2. 転換契約の導入は当初、現実的な選択肢と考えていたのでしょうか?
田口:国内の研究大学では転換契約の導入が進みつつあり、図書館界の新たな潮流と感じていましたが、正直なところ、当初は転換契約を「他人事」と捉えており、現実的な選択肢とは思っていませんでした。OAポリシーの整備も不十分で、学内のOA論文出版数やAPC支出額の把握もできていなかったためです。
Q3. コスト面でのメリットはどのように評価されますか?
田口:転換契約は、通常の購読契約に比べて価格上昇率が抑えられており、価格はOA論文出版数と購読料の両方を基に算出されます。そのため、大学ごとの実情に応じた柔軟な価格設定が可能です。本学の場合、購読誌数の回復、つまりアクセスできるジャーナル数の増加とOA出版枠の確保を含めて総合的に判断した結果、従来の個別契約よりもコストパフォーマンスが高いと評価しました。
Q4. 導入に際し、課題がありましたら教えてください。
田口:転換契約についての知識がほとんどなかったため、まずはその仕組みや運用方法の理解から始めました。導入手続きでは、図書館委員会での承認、学内稟議、教員代表者会議での説明と承認を1か月以内に完了させる必要があり、非常にタイトなスケジュールでした。他大学の事例を参考にしながら、最低限の準備で2024年1月のサービス開始にこぎつけました。
Q5. 導入後の運用状況と利用者の反応はいかがでしたか?
田口:2024年はOA出版枠が4月末に上限に達し、早々にAPC免除サービスの終了を案内することになりました。2025年は出版枠を倍増しましたが、投稿ペースはやや落ち着いています。教職員からの問い合わせも増え、特にOA出版枠の残数に関する関心が高まっており、APCによるOA出版が教員にとって身近なものになってきていると感じます。
Q6. OA出版が教職員にとって身近になってきたのは嬉しい変化です。どのような問い合せが増えましたか?
田口:一部では、転換契約の適用範囲に関する誤解も見られました。たとえば、契約対象外のAPC請求書が図書館に送られてきたり、すでに退職した教員からAPC免除を希望する連絡があったりしました。これらは契約の適用外であるため丁寧に説明していますが、今後はより明確な周知が必要だと感じています。
Q7. 現時点 (2025年6月)での評価と、今後の展望について教えてください。
田口:本学では、結果的に転換契約がうまく適合しましたが、それは偶然の要素も大きく、すべての大学や図書館にとって最適なモデルとは限りません。従来の購読モデルも依然として重要であり、学術コミュニケーションの多様性を維持するためには、複数のモデルが共存することが健全だと考えています。転換契約は“理想”ではなく、“選択肢”のひとつとして、各機関の事情に応じた柔軟な判断が求められます。
※本記事の構成・内容は、医学図書館72巻2号に掲載予定の記事から抜粋・改編して追記したものです。