電子書籍コレクションを強化するための8つの実践ステップ
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著者:Saskia Hoving
図書館がデジタルリソースへの需要拡大に対応し続ける中で、適切な電子書籍(以下イーブック)の蔵書構築は、研究と学習を支えるうえで欠かせない要素となっています。しかし、選択肢が多く、予算が限られている中で、図書館員はどのようにして持続可能で的確な意思決定を行えばよいのでしょうか?
シュプリンガーネイチャーのイーブックスペシャリストによる知見をもとに、本ガイドでは、利用者ニーズ、予算の制約や長期的な価値のバランスを取りながら、図書館が効果的なイーブック戦略を構築するための8つの実践的なステップをご紹介します。
このガイドは、世界中の図書館と連携しながらイーブックの戦略と開発を支援している、シュプリンガーネイチャーの3名の専門家の知見をもとに作成されています:
- Marianna La Martire:南ヨーロッパを担当するイーブックセールススペシャリスト。
- Wouter van der Velde:グローバルディレクター(ブックソリューションポートフォリオ)。イーブックコレクション開発に豊富な経験がある。
- Yuki Suganuma(菅沼 由貴):日本、東南アジア、オセアニアを担当するイーブックビジネスデベロップマネージャー。
ステップ1:組織におけるイーブックのニーズを把握する
効果的なイーブック導入の第一歩は、利用者のニーズを正確に把握すること。そのためには、データに基づいたアプローチが欠かせません。
Mariannaは以下のように述べています。「利用統計やアクセス拒否のデータは、実際の需要を把握するうえで非常に有益です。これらの情報を活用することで、より的確なコレクション開発の判断が可能になります。ただし、書籍の質も同様に重要です。引用数やインパクトファクター、DRM(デジタル著作権管理)フリーであるかどうかといった要素も考慮すべきです。誰もが簡単に、制限なくアクセスできることが、多様な利用者ニーズに応える鍵となります。」
Yukiも「利用統計やアクセス拒否は重要な指標です」と同意しつつ、こう付け加えます。「学術研究のトレンドは時間とともに変化するため、時系列データを通じて継続的に必要とされる、真のニーズに沿ったコンテンツを見極めることも大切です。」
Wouterによれば、図書館員のデータ分析スキルと、研究者コミュニティへの深い理解が組み合わさることで、データそのものが意味ある洞察へと変わります。「図書館員はデータ分析に欠かせない存在です。さらに重要なのは、分析結果を、彼らが支援する研究分野への深い知識と結びつけて活用する点です。たとえば、すべての重要なコンテンツが高い利用率を示すわけではありません。しかし、図書館が学部や研究室と密接につながっていることで、適切なコンテンツ戦略を見極めることができます。部門や教員とのコミュニケーションを常に保つことが、成功の鍵です。」
なぜ個別タイトルではなく、コレクション単位でのライセンスを選ぶべきなのでしょうか?イーブックを1冊ずつ選定するのではなく、コレクション単位で購入することは、コスト効率の高いアプローチであり、長期的な価値をもたらします。時間の経過とともに利用が累積していくことにより、1ダウンロードあたりのコストは大幅に低下し、結果としてコレクション全体が戦略的な投資となるのです。
また、図書館のニーズに最も適した書籍のタイプを見極めることも重要です。たとえば、レファレンスブック、モノグラフ(専門書)やテキストブックなどをバランスよく組み合わせることで、より効果的なイーブックの蔵書構築が可能になります。
ステップ2:予算の立て方
限られた予算の中で、ジャーナルなど他のリソースではなくイーブックへの投資を正当化するには、説得力のあるデータが不可欠です。 たとえば、EBA(Evidence-Based Acquisition:実績に基づく購入モデル)のような柔軟なイーブック導入モデルは、利用状況の可視化を通じて価値を示し、購入判断をサポートしてくれます。
Mariannaは次のように説明しています。「最も効果的な戦略のひとつは、従来の購入モデルから一歩踏み出し、より柔軟でデータ主導のアプローチを採用することです。EBAモデルでは、図書館は一定期間(通常12か月間)、膨大なイーブックカタログへの広範なアクセスを提供できます。この期間中に利用データを収集することで、どのタイトルが本当に利用者のニーズに合致しているかを見極めることができます。そしてアクセス期間終了後には、最も関連性が高く、利用頻度の高いタイトルのみを恒久的に購入する仕組みです。」
この「アクセスの継続性」という点は非常に重要です。 Yukiはこう述べています。「このモデルにおいては、継続性がカギになります。投資対効果の観点から見ると、イーブックのピーク利用に基づいてコレクションを構築する方が、より経済的です。」
また、EBAモデルは他のライセンスモデルと組み合わせることで、図書館にとって最適な形にカスタマイズすることが可能です。Wouterは次のように提案しています。「主要な研究分野には、買い切りによる継続アクセス型モデル(Continuing Access Models)が適しています。一方で、即時的なコンテンツ需要が少ない分野には、別のライセンスモデルを適用するのがよいでしょう。」
どのモデルが最適かを見極めるうえで重要なのは、図書館員の専門知識と、利用者に対する深い理解です。これらが、コレクション開発戦略に最も合致するライセンスモデルの選定を導いてくれます。
ステップ3:タイトルの選定
イーブックをバランスよくカスタムして提供していくことは、図書館員の重要な専門性のひとつです。しかし、新刊の出版ペースが加速する中で、明確な戦略と適切なツールを持つことがますます重要になっています。シュプリンガーネイチャーの専門家たちによれば、利用統計やアクセス拒否レポートといったデータに基づく意思決定が、価値の高いコンテンツを見極め、利用者のニーズに合った選書を行うためのカギとなります。
Mariannaは次のように述べています。「柔軟な選書戦略を採用することで、コレクションの多様性が広がり、図書館は幅広い利用者ニーズに応えることができます。その結果、学術コミュニティ全体を支える、包括的でバランスの取れたデジタルライブラリーを構築することが可能になります。」
「予算が制約となることが多い中で、図書館員は複数のツールを比較検討し、さまざまなライセンスモデルを活用して、効果的にコレクションを構築する必要があります。たとえば、利用者に制限なくコンテンツを提供できるEvidence Based Selection(EBS)モデルを採用し、利用統計を分析して、必要不可欠なコンテンツのみを恒久ライセンスで導入する方法があります。または、スマートな選書ツールを使って、リクエストがあった書籍やアクセス拒否が多いタイトルだけを個別に選定することも可能です。あるいは、複数のライセンスモデルを組み合わせるという選択肢もあります。」
ステップ4:ライセンスとアクセス
スムーズなアクセスを実現するためには、利用者のコンテンツ利用を制限するようなライセンス条件を避けることが重要です。たとえば、DRM(デジタル著作権管理)フリーで、同時アクセス数に制限のないモデルを選ぶことで、イーブックを必要なときに、必要な場所で、誰もがストレスなく利用できる環境を整えることができます。
Mariannaは次のように述べています。「図書館は、継続的なアクセスが可能で、DRMの制限がなく、同時アクセス数に制限のないコンテンツを選ぶべきです。制限のないアクセスを提供することで、利用のハードルが下がり、すべての利用者が必要な資料にいつでも自由にアクセスできるようになります。こうした特長は、図書館が学術コミュニティに対して、信頼性が高く、使いやすいデジタル体験を提供しているという安心感にもつながります。」
Yukiは次のように述べています。「キャンパス全体や複数の学部でDRMフリーの環境が整っていれば、イーブックの活用はさらに効果的になります。書籍は学際的な基礎知識を提供するため、研究を進めるうえで不可欠です。実際の導入機関からのフィードバックによると、機関による一括購入は、特に若手研究者や学生にとって非常に重要です。彼らは必要な書籍をすべて自費で購入する必要がなくなり、好きなだけ自由に読むことができるからです。」
「また、イーブックであれば、紙の本の返却を待つ必要もありません。PDFやePub形式でのフルダウンロード機能やオフライン閲覧機能を活用すれば、まるで自分の本(冊子体)のように、いつでもどこでも読んだり、ページにメモを書き込んだりすることができます。」
さらに重要なのが、高品質なメタデータと適切な目録作成です。 Wouterはこう指摘します。「『書籍の価値はメタデータの質に等しい』と言われるように、メタデータの充実はタイトルの発見性を大きく左右します。機関導入済みの書籍を確実に利用可能かつ検索可能にするには、まずコンテンツの目録化を優先することが不可欠です。実際、MARC(機械可読目録)レコードをカタログに取り込むことで、利用率が2倍以上に増加したという調査結果もあります。」また、ライセンスモデルやホスティングプラットフォームには、著者の著作権を違法な拡散から守る一方で、読者がコンテンツをできるだけ簡単に利用できるようにする工夫も求められます。たとえば、柔軟なDRM保護はその一例です。
ステップ5:技術インフラの整備
信頼性の高い技術インフラは、利用者が必要なイーブックをスムーズに発見・利用できるようにするうえで、非常に重要な役割を果たします。 特に、優れたディスカバリーツール(検索・発見ツール)は、関連性の高いコンテンツを効果的に浮かび上がらせ、コレクション全体へのエンゲージメントを高めることにつながります。
Mariannaは次のように述べています。「強力なディスカバリーサービスは、イーブックコレクションを支えるうえで不可欠です。幅広いライセンスコンテンツを横断的に検索できることで、シームレスな利用体験が実現します。図書館は、ProQuest-ExLibris Primo、Summon、EBSCO Discovery Service、WorldCat Discoveryといったディスカバリーツールにイーブックを統合することで、よくある技術的課題に対応できます。」 この点を支援するために、シュプリンガーネイチャーでは「当社のコンテンツが確実にインデックス化され、発見されやすくなるよう、完全なメタデータと本文データを提供しています。これにより、図書館はスムーズで信頼性の高いユーザー体験を提供できるのです。」
ステップ6:プロモーションとアウトリーチ
導入済みのイーブックを「見つけやすくする」ことは利用促進の第一歩ですが、それだけでは不十分です。利用者に「何が利用可能なのか」を積極的に伝える取り組みも同じくらい重要です。Mariannaは次のようにアドバイスしています。
「イーブックコレクションを効果的にプロモーションし、利用を促進するには、図書館のウェブサイト、ニュースレター、SNSなどを通じて積極的に情報発信することが大切です。また、トレーニングセッションやウェビナーを開催するのも有効です(シュプリンガーネイチャーでも、図書館向けにこうしたサポートを定期的に提供しています)。さらに、教員と連携してイーブックを授業資料に組み込んだり、学内でオープンアクセスコンテンツを紹介したりすることで、学術コミュニティ全体での認知度とエンゲージメントを高めることができます。」
ステップ7:トレーニングとサポート
イーブックコレクションの価値を最大限に引き出すには、新しいテクノロジーやトレンド、デジタル出版の進展について常に情報をアップデートしておくことが欠かせません。
Mariannaはこう説明します。「図書館は、スタッフと利用者の両方に対して定期的なトレーニングやサポートを提供し、デジタルリソースを効果的に活用できるよう支援しています。」 ただし、図書館員自身にも継続的な学びが求められます。「最新のイーブック技術やトレンドを把握し続けることは非常に重要です。ウェビナー、取引先からの最新情報、図書館ネットワークへの参加などを通じた継続的な専門能力の向上が、新たな動向に対応するための鍵となります。」
シュプリンガーネイチャーは、研究者やスタッフだけでなく、図書館員への支援にも力を入れています。「シュプリンガーネイチャーでは、図書館向けに特化したプラットフォーム『Librarian Portal』を提供しています。このポータルでは、導入済みコンテンツへのアクセス方法、MARCレコードやKBARTファイル、書誌情報を含むタイトルリストのダウンロード方法などに関するトレーニングやウェビナーを実施しています。また、個別のイーブックタイトルを選定・購入できるオンラインプラットフォーム『Single eBook Shop』の活用もサポートしています。」
「イーブックに関する最新技術やトレンドを常に把握しておくことは非常に重要です。ウェビナー、取引先からの最新情報、図書館ネットワークへの参加などを通じた継続的な専門能力の向上が、新たな動向に対応するための鍵となります。」
Yukiは次のように付け加えます。「私たちは技術的なサポートにとどまらず、図書館員、著者、大学の研究者、大学の研究支援担当者などを招いてイーブック・サミットを開催しています。これは、イーブックそのものや、それを取り巻くグローバルな状況について理解を深めるための場です。たとえば、イーブックにおけるAIの最新活用事例などもテーマに取り上げており、図書館と連携しながら、イーブックをより良いものにしていくための包括的な情報提供と協働を目指しています。」
ステップ8:評価と改善
イーブックコレクションの企画・構築においてデータが重要な役割を果たすのと同様に、継続的な評価にもデータの活用が欠かせません。利用状況や関連性に基づいて、どのリソースを拡充・調整・終了すべきかを見極めることが求められます。
Mariannaは次のように述べています。「イーブックコレクションの成果を評価する際には、まずコミュニティ内での利用データを分析することが重要です。これはエンゲージメントの主要な指標となります。また、利用促進のためには、利用可能なコンテンツを継続的にプロモーションすることも不可欠です。さらに、利用頻度の高いイーブックや被引用数の多いタイトル、学術的な関連性といった定性的な側面も評価に取り入れることで、利用者の学術・研究ニーズに合ったコレクションを維持・強化することができます。」
一方で、Wouterは次のようにも指摘しています。「確かに、利用数や1ダウンロードあたりのコストは、成果を測るうえで重要な指標です。しかし、図書館員は“量”だけが成功の証とは限らないことも理解しておくべきです。たとえば、ある教科書を複数の学生が同時に利用して高い利用数を記録すれば、それは明らかに成功といえます。一方で、専門性の高い書籍が、注目度の高い研究プロジェクトに取り組む上級研究者1人に数回利用されただけでも、それは同等に価値のある利用といえるのです。」
Yukiはさらにこう付け加えます。「利用状況を分析する際には、著作権年、主題分野、ブックシリーズ、書籍のタイプ、さらには分類体系(タクソノミー)などの観点からも見るとよいでしょう。そうすることで、研究者数の多い特定分野に偏らない、より公平でバランスの取れた評価が可能になります。」
戦略的なイーブック計画で図書館コレクションを強化する
ここで紹介した8つのステップは、イーブックコレクションの開発という進化し続ける領域において、図書館員たちが実際に得てきた知見と経験に基づいています。 これらの戦略が実際にどのように活用されているのかをより深く知りたい方は、ブリティッシュコロンビア大学やバージニア工科大学などの事例をご覧ください。現場での実践例が、より具体的なヒントを与えてくれるはずです。さらに詳しい情報やツールについては、シュプリンガーネイチャーのイーブックプラットフォームをご覧ください。
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本インタビューの原本は英語であり、日本語は参考翻訳です。
英語版はEight proven steps to improve eBook collection development in librariesをご覧ください。